女性性別役割の関連記事
仏教は女性差別的か
経文の解釈、慣習は時代で変わる
2025/05/04 05:00
日経速報ニュース

【この記事の内容】
『介護は女の仕事?介護リーダーになれない女性たち…見えない壁』
はじめに
介護現場の中には「介護は女性の仕事」という古びた言い回しが、今も無意識のうちに浸透しています。
まるで空気のように存在し、疑問視されることも少ないこの考え方。
それは単なる偏見ではなく、長年にわたり社会が積み重ねてきた“性別による役割意識”の名残です。
この構造は、仏教における女性観と非常によく似ています。
たとえば、かつて仏教では「血は不浄」とされ、生理や出産に関わる女性を「穢れた存在」とみなす思想が根強く存在しました。
しかし、仏教が本質的に女性を差別していたわけではありません。
問題は、宗教的な教えが時代背景や社会構造と結びついて解釈・制度化された結果として、女性に不利な慣習が正当化されたという点にあります。
仏教に見る女性観の変化と介護の類似点
仏教の開祖・釈迦(ブッダ)は、当初から女性の出家を認めていました。
日本でも、最初に仏門に入ったのは女性だったという説があります。
しかし、律令制度が整備される8世紀以降、女性の仏教界での地位は次第に制限されていきました。
さらに室町時代以降、「血盆経」という偽経が広まり、「血の池地獄」女性だけが落ちるとされる地獄が登場します。
江戸時代には檀家制度が確立され、女性の宗教的・社会的な役割はさらに狭められました。
このようにして、「女性は不浄」「女性は家を守る存在」という観念が固定化されていったのです。
これを、現代の介護現場に照らしてみると、「女性は思いやりがあるから介護に向いている」「男性は細やかさに欠けるから不向き」といったジェンダーに基づく先入観が、まるで当然のように浸透している現実があります。
仏教思想に見る包摂の可能性と、介護への応用
仏教には「摂取不捨(せっしゅふしゃ)」という教えがあります。
これは「すべての存在を見捨てない」という意味であり、本来は性別や属性に関係なく、すべての命に慈悲を向ける教えです。
この教えは、現代の「ジェンダー平等」の理念と深く通じ合います。
仏教が「空(くう)」という変化と多様性を前提とした思想を持つように、介護も「性別による固定」ではなく「人それぞれの尊厳に応じた柔軟な対応」が求められています。
仏教と介護の構造的共通点を考察
たとえば、仏教では「女性は男性に生まれ変わらなければ成仏できない(変成男子)」という考えが説かれていました。
これは「男性こそが完成形」という価値観の象徴です。
一方で、介護の世界でも「男性が介護を語るのは恥ずかしい」「家庭内で介護するのは嫁の役割」といった“完成形”のイメージが存在しています。
いずれも、特定の性別にしか与えられない尊厳や役割があるという思い込みに支えられているのです。

視点別の課題と対策
介護者視点
・男性介護者が安心して語れるコミュニティの整備
・家族の中で一人に負担が偏らない仕組みづくり
高齢者視点
・性別に関係なく、自分に合ったケアスタイルを選べる環境
・孤立しやすい高齢男性の社会的つながりを支援
家族視点
・「嫁がみるもの」という通念を見直す
・男性も介護休暇を取得しやすい職場文化の促進
地域・社会視点
・寺院などの宗教施設を、介護やジェンダー平等の支援拠点として活用
・地域ネットワークの中に、宗教文化資源を再統合する

結論
ケアの再定義へ
「介護は女性がするもの」という固定観念は、仏教において女性が不浄とされた思想と同様、歴史と制度がつくりあげたものです。
しかし、仏教の教えそのものは変化と受容を本質とし、時代に応じて姿を変える柔軟性を持っています。
私たちも、介護という行為を「性別による役割」から解き放ち、誰もが支え、支えられる“相互ケア”の社会へと移行する必要があります。
その実現に向けて、宗教の知恵や伝統も活かしながら、私たちの実践を見直していくことが、介護従事者に求められているのです。
コメント